「職場の飲み会、なんとなく嫌だけど断れない」
そういう人は多いのではないでしょうか。職場の飲み会は半強制みたいな空気があって、断ると感じが悪いとか、関係が悪くなるとか、そういう理由でとりあえず参加している人もいると思います。
私も正社員時代、そういう飲み会に参加していました。ただ、10ヶ月という短い在職期間の中で、その飲み会で「あ、この会社にいてはいけないな」と感じる場面が何度もありました。
この記事では、私が実際に経験した職場の飲み会でのエピソードをそのまま書きます。同じような経験をしている人の参考になればと思います。
職場の飲み会には、その職場の人間性が出る
飲み会はその場限りの話ではないと感じています。
仕事中は取り繕えていても、飲み会のような場では本音や普段の感覚が出やすくなります。誰が誰に気を遣っているか、誰が誰を下に見ているか、どういうノリが「正解」とされているか。そういうものが飲み会では見えやすくなります。
仕事中はある程度礼儀正しくしていても、飲みの場になると急に態度が変わる人がいます。そういう人の「本来の人間性」が飲み会では出てくることが多いと感じます。
だから、飲み会で感じた違和感は「職場の本来の姿」だと思っていいと思います。「飲み会の場だけだから」と流せるものではありません。
とりあえずビール強制の意味がわからなかった
1次会でも2次会以降でも、最初の一杯はビールにしなければいけないという空気がありました。
私はビールが好きではありません。それでも、1杯目はビールにしないとおかしいという雰囲気があったので、最初は我慢していました。ただ何度か経験するうちに、この風潮が心底くだらないと感じるようになりました。
自分が何を飲みたいかより、その場の空気に合わせることが優先される。そういう感覚が当たり前になっている人たちと、ずっと一緒にいることへの疲れが積み重なっていきました。
2次会以降に移動しても同じで、1杯目はビールじゃないといけないみたいな空気が続いていました。飲みたくないものを飲まされる、しかも誰も疑問を持っていない。それが当たり前として成立している環境に、居心地の悪さを感じていました。
自分が何を飲むかぐらい、自分で決めさせてほしいと思っていました。
いない人の悪口で盛り上がっていた
その飲み会に参加していない同僚の悪口を言っている人がいて、周りがそれに乗っかって笑っていた場面がありました。
「反吐が出る」という表現がありますが、あのとき初めてその感覚がわかった気がしました。
悪口を言われていたその人は、私からするとまともな人でした。定時になれば帰る、嫌なことは無理して引き受けない、変に群れようとしない。そういう人でした。その職場の中で、まともな会話ができる数少ない人だったので、その人が標的にされているのを見て、特に嫌な気持ちになりました。
飲み会に来ない人を蔑む、その場にいない人を笑いのネタにする。しかも笑われているのがまともな感覚を持っている人で、笑っている側が奴隷思考の人たちという状況でした。そういう場所に自分がいることが、気分悪い・おかしいと感じた瞬間でした。
新人に全部丸投げして、文句まで言ってきた
飲み会の幹事を任されることがありました。お店の予約から当日の段取りまで、全部一人でやりました。まだ入ったばかりで周囲との関係も何もない状態で、すべて丸投げされた形でした。
当日、場を用意したにもかかわらず、酒のつぎ方や進行の仕方にあれこれ口を出してくる先輩がいました。感謝されるどころか「対応が悪い」とイチャモンをつけてくる人もいて、クソの集まりだなと思いました。
注文を聞いて回るのも新人の仕事、席の調整も新人の仕事、1次会が終われば2次会の店探しも新人の仕事。全員でやればいいだけのことを、なぜかわざわざ下の人間に押し付ける文化でした。
鍋の席では、鍋をよそうのも新人の仕事でした。いい歳した大人が自分で鍋をよそえないのかと、心の底から思いました。自分で取ればいいだけのことを、なぜ人にやらせるのかが理解できませんでした。こういう細かいところに、その人の人間性が出ると感じます。まともな人はそんなことしなくていいって言ってくれましたからね。
そういう本来おかしいはずのことを当たり前と思っている人たちと一緒にいることが、だんだんきつくなっていきました。
「好きなもの食べていい」は嘘だった
仕事後に誘われて参加した飲み会での話です。強制でも何でもなく、誘われたから行っただけの場でした。
「好きなもん食べていいよ」と言われたので、ヒレカツを頼みました。2個入りで、1個目を食べて2個目に手をつけようとしたところ、「一人でバクバク食べるな」「ほかの人にもどうぞって渡せ」と言われました。
意味がわかりませんでした。それぞれが好きなものを頼んで食べる会じゃなかったのかと。「好きなもの食べていい」という言葉の意味が、私の解釈とは違っていたようでした。
こういう小さなことの積み重ねで、この職場の感覚と自分の感覚はズレていると感じるようになっていきました。言葉通りに受け取ると損をするような場所は、最初からそういう文化なのだと思います。
飲み会での違和感は、職場の正直な姿だと思う
これらの経験を通じて感じたのは、仕事中の表面的なやり取りよりも、飲み会のほうがその職場や人間の本音が出るということです。
誰を下に見ているか、どういうノリを強制してくるか、その場にいない人をどう扱うか。人間性が出る場面というのは、仕事の場よりも気が緩む飲みの席のほうが多いと感じます。
飲み会で感じた「この人たちとは合わない」「この場所にいてはいけない」「反吐が出る」という感覚は、職場そのものへの違和感と同じです。その感覚を「飲み会だけのことだから」と切り捨てないでほしいです。
飲み会での居心地の悪さが続いているなら、それはその職場の文化が自分に合っていないサインかもしれません。そのサインを「気のせい」で終わらせてはいけません。
飲み会の場での行動や言動は、その人が「普段どういう人間か」をそのまま映していると思っています。職場の飲み会でその人間性に嫌気がさしたなら、仕事の場でも同じものを感じ続けることになると思います。
まとめ
私が正社員時代の職場で経験した飲み会のエピソードをまとめると、職場の人間は「会社の外でもクソくだらない会社内の同じノリや価値観を押し付けてくる、人として恥ずかしい行動を平気でする人たちだった」ということですね。
自分たちと違う行動をとる人を蔑む、下の人間に理不尽に働かせる、言ったことと違うことをする。そういうことが当たり前として成立している環境では、いくら仕事を頑張っても消耗するだけだと思います。
仕事の場でなんとかやっていけていても、飲み会のような場で「この人たちとは根本的に合わない」と感じるなら、その感覚は正しいと思います。仕事だけの関係で割り切れればいいかもしれませんが、職場である以上、毎日その人たちと顔を合わせることになります。飲み会での違和感が積み重なっていくと、仕事そのものへのモチベーションにも影響してきます。
飲み会が嫌だとか、職場の人間が合わないとか、そういう感覚があるなら、その職場が本当に自分に合う場所かどうかを一度立ち止まって考えてみてください。
飲み会での違和感は、その場を離れていい理由になると思っています。自分が「おかしい」と感じる環境に居続けることは、自分を守ることにはなりません。



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